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宮城の気候が原木椎茸の旨味を作る-産地のおと-



産地の情報をお届けする「産地のおと」をスタートします!

宮城の気候が原木椎茸の旨味を作る
産地紹介。芳賀 裕。登米市東和町は宮城県北東部、岩手県との県境にあり、総面積の80%が山林となる地域です。芳賀さんの圃場では、屋内の人工ほだ場と屋外の天然ほだ場で年間を通じて原木椎茸栽培を行っています。※ほだ場とは、椎茸を育てる場所

生産者 芳賀 裕さん
あいコープの原木椎茸を生産する芳賀裕さん。2015年6月から1年を通じて原木椎茸を生産・出荷しています。毎年4月にはあいコープ組合員を現地に招いて、収穫や植菌体験などを行う交流イベントも開催しています。
生産者 芳賀 裕さん
宮城の気候で育むことが大切
生椎茸が一番美味しい季節、それは桜咲く4月。冬の寒さに当たりながらゆっくり育つため肉厚の椎茸に仕上がります。特に屋外の林内に置かれた原木からは年に一度4月半ばの2-3週間に集中して椎茸が発生。一斉に出てくる椎茸はまるで春を待っていたかのよう。朝晩の適度な冷え込みがある東北・宮城の気候は、原木椎茸の旨みを一層深めます。

春を待って一斉に出てくる椎茸
一斉に出てくる椎茸
生椎茸(原木栽培)
生椎茸(原木栽培)
原発事故とのたたかい
そんな芳賀さんの原木椎茸ですが、現在の生産体制に至るまでには大変な苦労がありました。
2011年3月、東京電力福島第一原発事故により、放射性物質が、東北の豊かな森へも拡散しました。椎茸生産に必要な原木は放射能物質に汚染され使えない状況となり、東日本各地の原木椎茸は出荷停止となってしまいました。
原発事故以前、芳賀さんは地元の里山で育ったクヌギやナラ等の原木を切りだし、自身が所有する山を栽培圃場として生産を行っていました。そんな状況の中で、「このまま地域の里山が使えぬまま荒れ、原木椎茸生産の技術まで絶やすことがあってはいけない」という思いから、同じ原木椎茸生産の継続を願う仲間たちと安全な椎茸の生産・出荷に向け動きました。
汚染のない原木の調達、栽培環境の確立など困難な状況に直面。その時、窮地を知った九州や長野の自治体や生産者の仲間から原木供給の申し入れがあり、県や市の行政も一体となった除染と対策を実施。震災から4年後やっと、念願の出荷再開を迎えました。

2017年から収穫が始まった天然ほだ場
2017年から収穫が始まった天然ほだ場
今年4月の交流イベントでは収穫体験もしました
今年4月の交流イベントでは収穫体験もしました
原木椎茸と里山再生
「西日本の原木を東北の椎茸づくりに使う、これは考えていた以上に難しい。」西日本の原木ではうまく椎茸が発生しない時期もあったといいます。原木の産地が変わると椎茸の育ち方も変わるのです。気候の違いや椎茸の菌種・温度・湿度の管理を色々試す中で、徐々に安定した生産ができるようになりました。その甲斐あって「原木の地元、九州で栽培された椎茸よりも美味しいよ」と九州の生産者も太鼓判を押すほどに。いつか、また地元宮城の原木で栽培する日を夢見て、日々努力を重ねます。

原木椎茸の炭火焼き
原木椎茸の炭火焼き
原木は樹種によりますが、20年程で椎茸生産に適した太さに生長します。研究機関の実証実験から、除染した林床から放射能汚染のない原木が育てられる可能性がみえてきました。

地元の原木が使えない今、山を荒らさないように、芳賀さんの地元登米市では、活用されずにいる針葉樹林を手入れし、原木椎茸栽培に適した広葉樹を育てる取組みを2018年より始めました。伐採した木は地域の森林組合を通し、紙原料や木工品の材料として地元企業で有効活用。地域資源を活かし、林業を活性化しながら里山再生を目指します。その道のりは長いですが、わたしたちが芳賀さんの椎茸を買い続ける限り、原木椎茸の栽培技術は途絶えることなく、20年後宮城の原木で育つ椎茸生産へと繋がるはずです。

(産地のおと)
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