あいコープみやぎでは毎年3月、「子どもに原発事故を伝える会」を開催しています。
今年も子どもから大人まで幅広い世代が参加しました。
まず、S理事から「福島原発事故とは何か」原発の仕組みや事故の経緯を、子どもたちにも伝わるよう丁寧なお話がありました。
15年前の3月11日、巨大地震と高さ15メートルの津波により電源が失われた福島第一原発。冷却できなくなった核燃料が溶け、水素爆発により放射性物質が大気に放出されました。
臭いも色もなく、気づかないうちに体の細胞を傷つけてしまう放射性物質。
当時16万人が避難を余儀なくされ、今なお2万6千人が自分のふるさとに帰れない状況が続いています。
事故から15年経った今も廃炉の見通しは立たず、その毒が消えるまでには万年単位の時間がかかると言います。
その後、委員さんたちによる絵本の読み聞かせ。

絵本の紹介
1冊はしいたけを題材にした楽しい絵本、もう1冊は事故当時の子どもたちの言葉で綴られた絵本でした。
「なぜ東京の電力なのに福島原発って言われるの?」——という子どもたちのまっすぐな言葉は、大人には言葉にしにくい悔しさや悲しさをストレートに表現していて、胸に深く刺さりました。
役割分担しながら熱演してくれた委員さんたちの読み聞かせに、参加者の皆さんも真剣なまなざしで聞き入っていました。

生産者の芳賀さん
続いて、登米市で椎茸を生産されている芳賀裕さんから、原発事故が山や森に与えた影響についてお話いただきました。

芳賀さんのスライド
事故前は豊かな里山で原木しいたけを盛んに生産していたものの、放射性物質の影響で出荷できなくなり、長年積み重ねてきた生産の場を失ってしまったこと。
それでも仲間とともに再生に向けて取り組み続けていること。

原木椎茸
遠く登米から駆けつけてくださった芳賀さんの言葉には、山への深い愛情と未来への静かな願いが込められており、原発事故の「今も続く現実」を、数字やデータではなく生きた体験として届けていただきました。

原木椎茸の炭火焼き
お話の後は、芳賀さんが育てた原木椎茸を使い、省エネグッズ・鍋布団で作った原木椎茸ご飯やスープ、椎茸の炭火焼きをみんなでいただきながら交流しました。
生産者の思いを知った上で味わう椎茸を囲んで、会話が自然と弾みました。

原木椎茸ランチ
参加者からは「事故当時のことを改めて思い出した。まだ解決していない問題があること、帰れない人がいることを伝え続けていくことの大切さを感じた」「芳賀さんのお話で、里山の大切さと原発事故が農業・自然に与えた影響を改めて知ることができた」「放射性物質が万年単位で消えない事。日常と環境について考えるきっかけになった」など、心に響く声が多く寄せられました。
毎年3月に開催しているこの会、子どもたちにぜひ来てほしいと思って企画しています。
今回は大人の参加者が多い会となりましたが、一人の大人が「身近な子どもに伝えたい」と感じてくれたならと思います。
一人の大人が動けばその先に子どもたちと未来があります。今日ここで感じたことを、ぜひ身近な子どもたちに伝えていただけたら嬉しいです。
来年もまたお会いしましょう!
(担当理事)

